東京高等裁判所 昭和53年(行ケ)41号 判決 1980年6月25日
原告 ウクラインスキー、ナウチノ、イスレドワーチエレスキー、イ、コンストルクトルスキー、インスチツート、ヒミチエスカゴ、マシノストロエーニア
被告 特許庁長官
主文
特許庁が昭和四九年審判第一七一七号事件について昭和五二年一〇月七日にした審決を取消す。
訴訟費用は、被告の負担とする。
事実
第一当事者の求める裁判
原告は、主文と同旨の判決を求め、被告は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。
第二当事者の主張
(原告)
請求原因
一 特許庁における手続の経緯
原告は、名称を「圧搾式濾過器」とする発明(以下、「本願発明」という。)につき、昭和四四年一二月一一日特許出願し、昭和四七年四月二一日出願公告があつたが、同年六月二一日内田隆雄より特許異議の申立があつたので、昭和四八年二月一七日手続補正のための補正書を提出したところ、同年九月一三日、特許庁は右補正を却下すると共に前記異議申立は理由があるとの決定をし、本願発明の出願を拒絶する旨の決定をした。そこで、原告はこれを不服として審判を請求し、この請求は昭和四九年審判第一七一七号事件として審理されたが、昭和五二年一〇月七日「本件審判の請求は成り立たない。」との審決があり、その謄本は同年一一月二四日原告に送達された。なお、出訴のための附加期間を三か月と定められた。
二 本願発明の特許請求の範囲
(補正前)
水平に配置され、上下二部に分れている濾過板をもち、その上部は濾過液の流入する室を形成し下部は懸濁液の供給される室を形成していて、前記濾過板を相互に押し付けるように、又それらを分離するように働く装置、前記濾過板に取り付けられたローラー、前記ローラーに支えられ、前記濾過板の間に、Z字形に設置される支持網、前記支持網の上で、その水平部分に配置される取り換えられる紙製濾過テープ、又濾過板の前記上部から濾過液を排出し、前記下部に懸濁液を供給する装置をもち、濾過作業は、前記濾過板が圧縮された状態で行なわれ、懸濁液は濾過板の前記下部に供給され、前記紙製濾過テープ及び前記支持網を通つて、前記濾過板の下方に位置する次の濾過板の前記上部へ入り、前記濾過テープの上面に沈澱物が残ることを特徴とする圧搾式濾過器。(別紙図面参照)
(補正後)
右補正前の特許請求の範囲のうち、傍線部分を左のとおり補正したもの。
「前記支持網が濾過板区域に入る点において装架された前記支持網に濾過テープを送る装置、前記支持網が濾過板の区域からはずれた点において装架された支持網から使用済の濾過テープを取り除く装置」
三 本件審決の理由の要点
本願発明の特許出願について昭和四八年二月一七日にされた手続補正(以下、「本件補正」という。)は、特許請求の範囲中の一部を前項記載のとおりに補正するものであるが、これは、従前の「支持網の上でその水平部分に配置される」という、紙製濾過テープの位置の限定を取り除くことで特許請求の範囲を変更するものであるから、本件補正は、特許法第六四条第二項で準用する同法第一二六条第二項の規定に違反し、却下すべきものである。
したがつて、本願発明の要旨は、出願公告された明細書並びに図面の記載からみて、補正前の特許請求の範囲に記載されたとおりのものと認める。
ところで、本願発明の特許出願前日本国内において頒布された刊行物である英国特許第一〇八〇四六一号明細書(以下「第一引用例」という。甲第三号証)には、「水平に配置され、上下二部に分れている濾過板をもち、その上部は濾過液の流入する室を形成し下部は懸濁液の供給される室を形成していて、前記濾過板を相互に押し付けるように、又それらを分離するように働く装置、前記濾過板に取り付けられたローラー、前記ローラーに支えられ、前記濾過板の間に、Z字形に設置される濾布、又濾過板の前記上部から濾過液を排出し、前記下部に懸濁液を供給する装置をもち、濾過作業は、前記濾過板が圧縮された状態で行なわれ、懸濁液は濾過板の前記下部に供給され、前記濾布を通つて、前記濾過板の下方に位置する次の濾過板の前記上部へ入り、前記濾過テープの上面に沈澱物が残ることを特徴とする圧搾式濾過器」が記載されており、
また、同様の刊行物である特公昭四一―一六五九号特許公報(以下、「第二引用例」という。甲第五号証)には、「取り換えられる紙製濾過テープ等の濾材を、無端支持網コンベヤベルトの上の濾過区域に配置し、この支持網上の紙製濾過テープ等の上に濁液を供給して濾過すること」が記載されている。
そこで、本願発明と第一引用例のものとを比較すると、本願発明は、第一引用例のものにおいて「Z字形に設置された濾布」とされているかわりに「Z字形に設置された支持網と、その上で水平部分に紙製濾過テープを配置する」点で相違し、その他の点は同じものである。
右相違点について検討すると、第二引用例には、「紙製濾過テープを支持網の上の濾過区域に配置して濾過する」ことが記載されており、本願発明の水平部分が濾過区域であることは明らかであるから、第一引用例に記載されている「Z字形に設置された濾布」のかわりに「Z字形に設置された支持網とその上に紙製濾過テープを配置する」ことは困難なこととは認められないし、支持網と紙製濾過テープを用いる効果が第二引用例のものと異なるとも認められない。
そうすれば、本願発明は第一及び第二引用例の内容から当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第二九条第二項の規定により特許を受けることができないものである。
四 本件審決の取消事由
審決が、本件補正を却下すべきものとしたのは誤りである。したがつて、本願発明の要旨は補正後の明細書及び図面の記載に基づいて認定されるべきものであるのに、審決は補正前のそれらに基づいてこれを認定し、結局、本願発明の要旨認定を誤つた違法がある。以下に詳述する。
1 被告は、本件補正が、紙製濾過テープの位置の限定を取り除くことで補正前の特許請求の範囲を変更するものである、という。
しかしながら、補正前の「濾過テープが支持網の上でその水平部分に置かれる」という要件に置き換えられる補正後の「支持網が濾過板区域に入る点において装架された前記支持網に濾過テープを送る装置、前記支持網が濾過板の区域からはずれた点において装架された支持網から使用済の濾過テープを取り除く装置」との要件は、とりもなおさず、濾過テープの送られる場所が支持網が濾過板区域に入る点であり、これを取り除く場所が支持網が濾過板の区域からはずれる点である、ということをいつているのであつて、支持網の水平部分のうち、濾過板に近接した区域を含む濾過板区域の上に位置する、という濾過テープに関する場所的限定はこのことから必然的に出てくるのである。
したがつて、右補正によつても、紙製濾過テープの位置の限定が取り除かれた訳ではなく、補正前のそれよりもやや限定されたかたちで、場所的限定は依然として維持されている。
2 被告は、本件補正が、以下の三点においても特許請求の範囲を変更するものであるという。しかしながら、
(イ) 補正前の「濾過テープの存在」は、補正後の特許請求の範囲においても必須の要件となつている。
すなわち、補正後の特許請求の範囲には、「前記支持網が濾過板区域に入る点において装架された前記支持網に濾過テープを送る装置、前記支持網が濾過板の区域からはずれた点において装架された支持網から使用済の濾過テープを取除く装置」「前記紙製濾過テープ及び前記支持網を通つて……」「前記濾過テープの上面に沈澱物が残る」等の記載があるのであつて、これらの記載によれば、補正後の特許請求の範囲においても「濾過テープ」の存在が必須の要件となつていることは明らかである。
(ロ) 補正前の、濾過テープが「紙製」であることの限定は、補正後の特許請求の範囲においても維持されている。
すなわち、補正後の特許請求の範囲には「前記紙製濾過テープ及び支持網を通つて……」との記載があるのであつて、この記載によれば、濾過テープが「紙製」に限定されていることは明白である。
(ハ) また、「濾過テープとこれを送る装置、これを取り除く装置」の点は、補正前の要件である「紙製濾過テープが取り換えうる」という要件を具体化して、「支持網が濾過板区域に入る点において装架された前記支持網に濾過テープを送る装置」と「支持網が濾過板の区域からはずれた点において装架された前記支持網から使用済の濾過テープを取り除く装置」という構成に限定する趣旨であり、濾過テープを取り換える手段をこれらの構成に限定しても、このことによつて補正前の特許請求の範囲の技術には含まれなかつた新たな技術が付加されるものではないし、発明のカテゴリー、対象、目的には何ら変更がないのであるから、これは単なる請求の範囲の減縮にすぎない。
(被告)
請求原因の認否と主張
一 請求原因一ないし同三の事実は認める。
二 同四の主張は争う。
1 本件補正前においては、紙製濾過テープの位置は明確に限定されている。すなわち、濾過板とそのすぐ下の濾過板の間は水平であるから、補正前にいう「水平部分」とはこの部分を指し、紙製濾過テープはこの水平部分であつて「支持網の上」にそれぞれ配置されていることが明確である。
これに対し、補正後の「濾過板区域」又は「濾過板の区域」がどの部分を意味するか不明瞭である。両者が同じ部分であるのかどうかも明瞭でない。
また、補正後の「濾過板区域」という表現では、濾過板とすぐ下の濾過板の間それぞれというよりも、濾過板が並んでいる全区域と解釈され、「支持網の上で、その水平部分」という限定を取り除くことにより、濾過テープは支持網に対しては上でも下でもよく、水平部分だけでなく、別紙図面第一図のローラー2による横U字部分をも含めて、最初の濾過板に入る点から最後の濾過板を出る点まで、支持網と一緒にジグザグに配置されることになる。
仮に、補正後の「濾過板区域」が、濾過板とすぐ下の濾過板の間を意味するものと解釈されるとしても、支持網の「上」に濾過テープが配置されるという限定は取り除かれている。
したがつて、本件補正は特許請求の範囲を変更するものである。
2 以上の理由が認められないとしても、本件補正は、次の各点においても、特許請求の範囲を変更するものである。
(イ) 本件補正は、補正前の「濾過テープ」を、「濾過テープを送る装置、濾過テープを取り除く装置」に変更するもの、すなわち、別紙図面の第一図及び第二図に5で表わされているものを同第一図で6で表わされているローラーに変えるものであつて、「濾過テープ」の存在は補正後の特許請求の範囲の要件からはずされている。
(ロ) 本件補正前において濾過テープが「紙製」であることは必須の要件とされていた。ところが補正後においては、この「紙製」であるという限定もなくなつている。
(ハ) 本件補正後の「濾過テープを送る装置、濾過テープを取り除く装置」はこれを「濾過テープとこれを送る装置、これを取り除く装置」と解釈することができるとしても、「送る装置」「取り除く装置」は、補正前の特許請求の範囲には入つていなかつたものである。
したがつて、本件補正は特許請求の範囲を変更するものである。
第三証拠関係<省略>
理由
一 請求原因一ないし同三の事実は当事者間に争いがない。
二 本件における直接の争点は、本件補正が補正前の特許請求の範囲を変更するものであるか否かである。
1 濾過テープの位置の限定について
当事者間に争いのない補正後の特許請求の範囲によれば、「水平に配置され、上下二部に分れている濾過板……、前記濾過板に取り付けられたローラー、前記ローラーに支えられ、前記濾過板の間に、Z字形に設置される支持網」というのであるから、支持網は、水平に配置され、上下二部に分れている多数の濾過板相互の間を通り、Z字形に配置されているものと認められる。
したがつて、右支持網は、水平に配置された二つの濾過板が対向している区域と右各濾過板からはずれている区域の両域にまたがつて張設されているものと考えられる。
そして、右補正後の特許請求の範囲によれば、「前記濾過板の間に、Z字形に設置される支持網、前記支持網が濾過板区域に入る点において……、前記支持網が濾過板の区域からはずれた点において……」というのであるから、ここに「濾過板区域」「濾過板の区域」というのは、前記両域のうち、二つの濾過板が対向している区域を意味することは明らかであり、濾過板は前記のとおり水平に配置されているのであるから、支持網が濾過板区域に入る点から同区域をはずれる点までの間、支持網はほぼ水平に近い配置になると解される。
ところで、成立に争いのない甲第二号証、第六号証によれば、本願発明における濾過作業は、
(i) 懸濁液が紙製濾過テープ及び支持網を通ることによつて行なわれ、
(ii) 濾過テープの上面に沈澱物が残り、
(iii) 濾過テープ及びその支持網に対し、濾過板の懸濁液供給側が上側に、濾過液流入側が下側に位置する、
ものであることが認められるから(特許請求の範囲及び発明の詳細な説明の項)、これによれば、「濾過テープ」はこれを支持する支持網に対し、当然、懸濁液の供給側すなわち上側に位置しなければならないことが明らかである。
そして、補正後の特許請求の範囲において、濾過テープはこれを支持する支持網が濾過板区域に入る点で送り出され、同区域からはずれた点において取り除かれるというのであるから、支持網に沿つて位置し、その間支持網がほぼ水平に近い位置を占めるときには、濾過テープもまたほぼ水平に配置されるものと解される。
そうすれば、直接の記載はないにしても、本件補正後の特許請求の範囲においても、濾過テープの位置的限定、すなわち「支持網の上で、その水平部分に配置される」という要件を当然に包含していることは明らかであつて、これを、位置の限定が除かれているというのは当らない。
2 その他の点について
被告は、本件補正が右1以外の点においても特許請求の範囲を変更するものであると主張するので、以下に検討をする。(本件審決において、本件補正が特許請求の範囲を変更するとされている点は右1についてのみであるが、本件訴訟において審決の取消事由として主張されているのは、本願発明の要旨認定の誤り、具体的には本件補正を却下すべきものとした判断の誤りであるから、その当否を争う範囲内において、本件補正に伴い当然生ずべき他の事由をも併せて主張することができる。)
(イ) 濾過テープの存在
本件補正の内容は請求原因二の項に記載のとおりであることは当事者間に争いがなく、これによれば、「前記支持網の上で(中略)られる紙製濾過テープ」の個所を「(前略)濾過テープを送る装置、(中略)濾過テープを取り除く装置」に改めるものであるから、この補正個所のみを捉えると、被告主張のように、補正前の「……紙製濾過テープ」の存在が特許請求の範囲から除外されているように見える。
しかしながら、補正によつて従前の要件が当該発明の構成要件から除外されたか否かは、特許請求の範囲に記載された事項の全体からこれを判断しなければならない。そして、補正後の特許請求の範囲の記載によれば、そこには「前記紙製濾過テープ及び前記支持網を通つて、……」と記載されているのであるから、右補正後の発明が「紙製濾過テープ」の存在をその要件の一つとしていることは明らかであつて、この要件が本件補正において除外されたとするのは当らない。なお、右の記載は、ある面では本願発明の濾過器における濾過作業の態様(作用効果)に係るものではあるが、特許請求の範囲の記載として必要な構成をこのようなかたちで規定したものと解することができる。
(ロ) 「紙製」の限定
この点についての被告の主張の失当なことは、右(イ)の項に上述したところにより明らかである。
(ハ) 濾過テープを「送る装置」と「取り除く装置」
当事者間に争いのない本件補正前の特許請求の範囲の記載によれば、「……取り換えられる紙製濾過テープ」というのであるから、この記載は、紙製濾過テープの取換えを可能とする装置、すなわち濾過テープを送り込む装置と濾過テープを取り除く装置(たとえば、ローラー、ブラケツトもその一部である。)の各存在を当然の要件としているものと解することができる。
ところで、当事者間に争いのない本件補正後の特許請求の範囲の記載においては、「前記支持網が濾過板区域に入る点において装架された前記支持網に濾過テープを送る装置、前記支持網が濾過板の区域からはずれた点において装架された前記支持網から使用済の濾過テープを取り除く装置」というのであるから、本件補正は前記補正前の特許請求の範囲において当然の要件とされていた装置に限定を加えて、請求の範囲を減縮したものと認めるのが相当であり、これを、被告のように、補正前の特許請求の範囲には入つていなかつたものを新たに付加した要件であるとするのは当らない。
3 以上のとおりであり、本件補正が特許請求の範囲を変更するものであるとする被告の主張はすべて理由がなく、この点に関する審決の判断は誤りというべきである。
そうすれば、審決は、本件補正後の明細書及び図面の記載に基づいて本願発明の要旨を認定すべきであるのに、補正前のそれに基づいて本願発明の要旨を認定しているのであり、その認定を誤つた違法のものであるから、取消を免れない。
三 よつて、本件審決の取消を求める原告の本訴請求を正当として認容し、訴訟費用の負担については行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 荒木秀一 藤井俊彦 清野寛甫)
別紙